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月刊『致知』 2013年5月号 「生涯現役」コーナー掲載記事

人間学の追究にこの命を燃やさん

「人間学」の研究推進とその成果の普及を目的とし、一九八五年に創設された日本人間学会。 同会の代表理事を務める今村和男氏は齢九十五を迎えた現在も精力的に活動に励んでおられる。
今村氏を突き動かす原動力とは何か。その歩みを振り返っていただいた。

創立二十八年目を迎えた人間学会
今年九十五歳になられるそうですが、非常にお元気そうですね。
今村 いえいえ、こちらのスタッフの方の大変な支えをいただいているものですから。
私も随分たくさんの組織を回り歩いてきましたが、この人間学会ほど、優れた人材の揃った組織は初めてでした。

人間学会は、どのような活動をされているのですか。

今村 この学会は、私の前任者で医師の高島博先生が一九八五年に創設されたものです。先生は世の中が科学優位になってその上、専門分化が進み、医療の上でもデータばかりを見て人間全体を見ていないことを危惧しておられました。でも当時はそのようなことを訴えても誰も聞く耳を持たなかったんだそうです。
高島先生は、人間とはいかに生きるかをまず考えなければいけない。科学は非常に重要ですが、それだけでは解明し得ない側面がたくさんありますよね。哲学こそがあらゆる学問の原点で、そこから再出発した「人間学」を研究せねばならない。そして教育者や芸術家など様々な分野からも人を集め、多面的に人間の研究をしようと当学会をつくられたんです。

随分昔から、人間学の重要性を説いておられたのですね。

今村 はい。先生はさらに、単に議論だけをやっていてもダメで、人間が生きる上で役に立つものでなければ人間学ではない。つまり「実学」でなければいけないと常々強調されていました。
実学ということについて、いま日本では自殺者が非常に多いですね。なぜ自分の命をもっと大切にできないのだろうか。そういうことにも当学会は貢献をしなければと考えて、命を大切にするための運動も行っているんです。

それはどんな運動ですか。

今村 だいぶ前になりますが、十六歳でこの世を去ったお嬢さんがいて、その方はテニスをやっていました。ところが骨肉腫になって右腕を切断する羽目になったのです。そして最後は肺がんで亡くなるんですが、その時に自分の人生というものを考えたのだと思います。残った左の手で年賀状を書かれたんですが、自分の遺言にするつもりだったのでしょう。そこに「たった一つの命だから」という言葉を書いて方々に送られました。
これが非常に大きな反響を呼びました。このお嬢さん、何を考えてそのような言葉を書いたのだろう、後にどんな言葉を繋げるつもりだったんだろうと、多くの方がその続きを考え始めたわけです。
たくさんの方からいろんな答えが返ってきます。たった一つの命だから、もっと希望を持って生きていこう、おばあちゃんに育ててもらったたった一つの命だから、おばあちゃんへの感謝をしなければ。そういった手紙がたくさん届いて、いま全国で朗読会を開いているんです。この会は毎回凄い反応なのです。現在は「たった一つの命だから」という社団法人もできて、私もその代表顧問をさせていただいておりますが、ヨーロッパやハワイなどにも運動が広まっているんです。

人間の価値観は千差万別である
人間学会に携わるようになられたのはなぜですか。
今村 大きく分けて二つあって、一つはQOL(クオリティ・オブ・ライフ)の問題です。一般にはこれを生活の質と訳していますが、私は「生き甲斐」としたほうがいいと思うんです。四十年ほど前、働き甲斐ということが問題になって通産省が調査を行うことになり、私もこの調査の一員として加えていただきました。
当時スウェーデンにボルボ社のカルマー工場があって、それまでは全工程をベルトコンベアー方式で車をつくっていたんですが、最後の組み立ての部分を手作業に変えたんです。それによって作業員に完成の喜びというものが得られるようにしたのです。
この手法を参考にするか否かで世界中から見学者が訪れ、米国の自動車三大メーカーも当然見学に行かせた。ところが帰国後、ボルボ方式を採用するかと彼らに尋ねたところ、十五人中八人が「従来方式でよい」と言ったそうなんです。

あぁ、従来のままでいいと。

今村 確かに従来方式のほうが生産効率はいいんです。しかし働き甲斐や満足感は得られにくい。人間が機械の一環のようになってしまうからですが、米国人はそれでも効率が上がり、賃金の高いほうがいいというのが彼らの言い分でした。その時に、人間の価値観や人生観、労働観といったものは、国や人によって違うものだとしみじみ感じさせられました。

確かに日本人の多くは、働き甲斐を重視しますね。

今村 もう一つ、ZD(ゼロ・ディフェクト)運動というのがあって、これはアメリカの空軍が始めた、不良品をつくらない運動です。例えば、でき上がった製品にそのチームの長の名前を入れる。すると仕事のやり甲斐や責任感が芽生えて、不良品の率がぐんと下がったんです。人間の心理面がいかに大きく作用しているかということで、これは日本の工場で大きな成果をあげました。
このように、人間にはそれぞれ異なる価値観があるのですから、そういうことも研究しなければならない。アメリカなどのようにベルトコンベアー方式一本で行くようにされたら、日本人の持つよさがなくなってしまうだろう、と私どもは危惧しました。そういうことが人間学会に関わる動機になったんです。
もっとも日本にも、労働は金を得る手段、お金が儲かって老後を楽しめればいいと考える人もありますが、私は老後なんか楽しんだことは一回もない。そんな余地はついぞなかったですね(笑)。

 

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